大芝国民学校


大芝国民学校臨時特設救護病院。爆心地から北 2.4km。西区大芝1丁目。校舎が大破、一部焼失。校庭に避難者があふれたため臨時救護病院に。「当日この周辺は火災にかこまれ、救護に当たった者は、動かせない重傷患者を残して、一時避難しなければならなかった。しかし、火の勢いが鎮まるとともに、彼らは引き返して再び任務についた。彼らの中には医師2人、歯科医3人、薬剤師2人、助産婦1人がいたが、その人たちの専門を越えた不眠不休の医療活動が、切実に必要とされていた」[「」の中は記録映画『広島・長崎における原子爆弾の影響』より]

治療室。

板敷きの教室に布団一枚で横たわる入院患者たち。

菊池メモ:竹内ヨネ(母31才) 病状:血沈、25/9…165、28/9…175(18/9入院) 紫斑、歯眼出血ありたり
現症状、咳、呼吸困難(ヨウの看護中、ヨネ1ヶ月後原爆症状となり重態。2、3日後死亡)

菊池メモ:竹内ヨウ(娘12才)受傷地:船入町病状:屋内冷蔵庫倒壊しヨウ其の下敷きとなる 一時失神す
右後頭部擦過創(銅貨大)脱毛、下痢、発熱あり

菊池メモ:竹内ヨウ(娘12才)の足。右股関節脱臼、右膝外側、左足に外傷、潰瘍状(挫傷)
荷車で治療に来る外来患者。
荷車で治療にくる外来患者
荷車で治療にくる外来患者

剖検室の横の死体焼き場跡。

爆風で大破した大芝国民学校。

大芝国民学校

大芝国民学校

大芝国民学校